【東国三社】香取神宮とご祭神フツヌシの神。香取神宮・奥宮の御朱印!

フツヌシノカミ 神社とご祭神

フツヌシノカミ(経津主神)とは?

フツヌシノカミは、千葉県の香取神宮と奈良県の春日大社のご祭神です。この神は、『古事記』には登場しません。
剣に特化した武神で、別名ではイハヒヌシノミコト(御名伊波比主命)ともいいます。

「経津(フツ)」とは、物を切る音を表します。また、落雷によって岩や木の根が裂けることを意味します。天空を走る雷光は、まさに刀剣の姿です。

イザナギが火の神カグツチの首を切った時、剣から滴り落ちる血からなった岩がフツヌシの祖ともいいます。
また、イワサクノカミ(磐裂神)とネサクノカミ(根裂神)の子のイワツツノオ(磐筒男)とイワツツノメ(磐筒女)が生んだ御子とも伝えられています。これらの神々はカグツチの首が切られた時にみな出生しています。タケミカヅチも、同じ時に出生しています。

(『古事記』より)
イザナギの悲しみは怒りに変わり、十拳剣(とつかのつるぎ)を手に取ると、カグツチの首をはねました。
剣の切っ先についた血が岩に飛び散り、イワサクノカミ、ネサクノカミ、イワツツノオノカミの三柱が成りました。また、剣の根元についた血が岩に飛び散り、ミカハヤヒノカミ、ヒハヤノカミ、タケミカヅチノカミ(建御雷神)の三柱が成りました。

タケミカヅチには、別名タケフツノカミやトヨフツノカミがあります。このことから、タケミカヅチとフツヌシは元々同じ神であったのかもしれません。

出雲の国譲りでは、誰を派遣するか?

「葦原中国は、わが子アメノオシホミミノミコトが治めるべきである」
アマテラスは、葦原中国(あしはらなかつくに・地上の世界)の統治者であるオオクニヌシの元へ遣いを送りました。しかし、1度目は3年、2度目は8年経っても、何の進捗もなかったのです。

『古事記』
3度目がタケミカヅチの派遣になりました。
タケミカヅチはアメノトリフネを伴い、出雲の稲佐の浜に降り立ちました。そして、オオクニヌシと対峙したのです。(フツヌシは登場しません)

『日本書紀』
タカミムスヒノカミが主宰する会議で、武神フツヌシが出雲の国に派遣されると決まりました。この時、タケミカヅチが自分も武神であると強く主張。それで、両神に任せることになったとあります。

香取神宮を歩く。

2018年12月24日、香取神宮を日帰りバスツアーで参拝しました。鹿島神宮と息栖神社にも参拝する東国三社めぐり日帰りバスツアーです。
鹿島神宮、息栖神社を巡った後、午後になって、バスは香取神社の参道商店街入口近くの駐車場に着きました。

山道商店街入口

この参道商店街は、第二の鳥居まで歩いて約3分、250mほどあります。両側にお土産屋や喫茶・お食事処が並んでいます。

香取神宮・参道商店街

香取神宮・第一鳥居

香取神宮・第二の鳥居

※第一の鳥居は利根川のほとり、津宮鳥居川岸に。拝殿から北へ約1,700m離れています。鹿島神宮と同じように、海や川からの方がアクセスしやすいのかもしれません。

この第二の鳥居より第三の鳥居と総門までは約250m、2~3分ほど。もう年の瀬の12月24日ですが、紅葉がところどころ残っていました。そのため、目にも鮮やかで、緩やかにカーブした玉砂利の表参道はとても気持ち良く歩けました。

香取神宮
香取神宮・表参道
香取神宮・表参道
香取神宮・第二鳥居

香取神宮・第三の鳥居と総門

鳥居の向こうに見えるのが、総門です。

香取神宮・総門

香取神宮・楼門

総門をくぐり、右に少し曲がったところに楼門があります。元禄13年(1700年)、本殿とともに建造されました。神額は、鹿島神宮と同じで東郷平八郎の筆です。昭和58年(1983年)重要文化財に指定されました。
なお、楼門を左に曲がると旧参道になります。(要石や奥宮へ続いています)

香取神宮・楼門

香取神宮・ミソギ・ゲート茅の輪

楼門を入り目に飛び込んできたのが、夏と冬限定で設置されるミソギ・ゲート茅の輪(ちのわ)。このゲートは、無限大のマーク(∞)のように、2回くぐります。

香取神宮・拝殿とミソギ・ゲート(茅の輪(ちのわ)

香取神宮・拝殿と本殿

香取神宮・拝殿

本殿は元禄13年(1700年)徳川幕府によって造営。昭和52年(1977年)国の重要文化財に指定されました。屋根は檜皮葺(ひわだぶき)。黒と金の色合いが神々しいまでに重厚を感じさせます。

香取神宮・本殿

香取神宮・社務所前のご神木

樹齢1000余年。目通り(目の高さに相当する部分の木の幹の太さ)約7.4m。
このめぐり いくさかありと四人して いだけど足らず 神のふる杉
(落合直文)

香取神宮・ご神木

香取神宮・源頼義と三本杉

拝殿の左横にあります。
天下太平 社頭繁栄 子孫長久の三つ願 成就せば此の杉自ら三岐に別れん
と、源頼義公が祈願。
立て札によると、そして一株の杉が三岐に別れたことから「三本杉」といわれたとあります。

香取神宮・三本杉

香取神宮・匝瑳神社(そうさじんじゃ)
三本杉と並んで、その奥にあります。ご祭神は、フツヌシの親神、イワツツノオ(磐筒男)とイワツツノメ(磐筒女)を祀っています。

香取神宮・匝瑳神社

香取神宮・桜大刀自神社
本殿の右裏にあります。コノハナサクヤヒメを祀っています。安産・子育て・縁結びのご神徳があります。

桜大刀自神社

安倍晋三・題字「大和心」の石碑
平成26年(2014年)第12回式年祭記念碑

大和心・安倍晋三

さすが、お守りも地震に関したものがあります。

香取神宮・お守り

香取神宮の最強スポットといわれる要石へ

拝殿の参拝が終わったら、楼門に戻り右に曲がりまっすぐ進みます。この通りが旧参道になります。

香取神宮・旧参道から要石へ

香取神宮の要石
旧参道を3分ほど行くと、左に曲がる細い道があります。そこから1、2分歩き最後に少し登ると(写真・上)要石があります。
香取の大神と鹿島の大神が、地震の多いこの地中に住む大ナマズの頭と尻尾を石棒で抑えたと立て札にあります。

香取神宮・要石
香取神宮・押手神社

要石の先に、小さな末社・押手神社と香取護国神社(写真・下)があります。
押手神社のご祭神は、宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)、伏見稲荷大社と同じです。
香取護国神社は、明治以降の国難で殉じた香取郡出身者を祀っています。

香取神宮・ 香取護国神社

では、旧参道に戻り、もう一つの最強パワースポット奥宮に向かいます。要石からは2分ほどで行けます。

香取神宮の最強パワースポット奥宮と超レアな御朱印

鹿島神宮・旧参道から奥宮へ
香取神宮・奥宮
香取神宮・奥宮

なんか、身がブルッと震えるような雰囲気の中に、香取神宮の奥宮はあります。フツヌシの荒御魂(あらみたま)を祀っています。荒御魂とは神の荒ぶる側面を、反対の穏やかな側面を和御魂(にぎみたま)といいます。
あまり、長くこの地にいるとどうにかなってしまいそうな気がして、参拝をすますとすぐ出てしまいました。

【ご注意】荒御魂を参拝する時は、拍手をパンパンと音を立ててはいけません。

奥宮の鳥居を出たところで、なんと香取神宮・奥宮の御朱印をいただきました。神職さんの話では、今日の午前中はここで御朱印を書かれていなかったそうです。
(この香取神宮・奥宮の御朱印は、社務所ではいただけません)

香取神宮・奥宮
香取神宮・奥宮のある小道

香取神宮の奥宮の左の小道をおりていくと、第二の鳥居の前、参道商店街に出ます。

香取神宮の御朱印と超レアな奥宮の御朱印

香取神宮の御朱印と超レアな奥宮の御朱印

終わりに、香取神宮・奥宮の御朱印について

香取神宮・奥宮の御朱印は、2019年3月30日に発刊された『関東の御朱印めぐり開運さんぽ旅』にも、掲載されていませんでした。

ちなみに「香取神宮 奥宮 御朱印」とGoogle検索してみてください。ほとんど鹿島神宮・奥宮の御朱印が出てきます。それほど、珍しい御朱印なのです。
2018年12月では出ていなかったですが、今はまだ少ないですが出てきますね。

私は、御朱印コレクターではありませんが、この香取神宮・奥宮の御朱印を頂けてとても嬉しく思っています。

思えば、御朱印なるものを知ったは、2017年11月15日の戸隠神社5社めぐりの時です。初めて御朱印帳をあるツアー参加者から見せてもらいました。そして、御朱印の文字の素晴らしさに感動しました。そして、2018年1月から御朱印をいただくようになりました。


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