2019年8月24日、【伊勢神宮】御朱印めぐりと伊勢神宮の鬼門を守る金剛證寺に参拝してきました。

今回で、伊勢神宮の参拝は3回目です。いずれも、旅行会社は「四季の旅」。「四季の旅」は、今やパワースポット神社・仏閣の老舗と言ってもいい旅行会社です。神社・仏閣に興味がある方は、どうぞ「四季の旅」のホームページをご覧になってください。

以下の記事もお読みください。

▶︎【伊勢神宮】外宮[豊受大神宮]ご祭神トヨウケノカミはアマテラスのお食事番

▶︎【伊勢神宮】内宮[皇大神宮]アマテラスと月讀宮ツクヨミの参拝かなう

伊勢神宮・御朱印すべて7体コンプリート

伊勢神宮・御朱印7社コンプリート

伊勢神宮は、[内宮]と[外宮]、内宮と外宮の別宮14、摂社43、末社24、所管社42の合計125社を総称して「神宮」と呼ばれています。

その中で、御朱印をいただけるのが、月夜見宮・外宮・内宮・月讀宮・倭姫宮・伊雑宮・瀧原宮の7社。今回のバスツアーでは、この7社全ての御朱印をいただくことが目標です。実際はこの7社を含めて、他の4社含めて全11社の御朱印をいただけます。
他の4社:二見興玉神社・猿田彦神社・佐瑠女神社・金剛證寺

伊勢神宮関係の御朱印は、参拝日と朱印だけのシンプルなもの。伊勢神宮に近い場所にある猿田彦神社と佐瑠女(さるめ)神社も同じような御朱印です。

一般的な御朱印は、一番右の二見興玉神社(夫婦岩の近く)のように神社名が大きく書かれたものになります。

月夜見宮(つきよみのみや)

伊勢神宮[外宮]豊受大神宮の別宮
外宮の北御門口(きたみかどぐち)の北にある神門通り(かみじどおり)をまっすぐ歩いて5分ほどで、月夜見宮の鳥居に出ます。鳥居の中に入ると、なぜか不思議なくらい外界の喧騒が聞こえなくなります。まるで、ここだけ別世界か異次元であるかのよう!

現在、周囲は市街地となっていますが、古くは高河原と呼ばれ、農耕と深いつながりがあるお宮です。

【月夜見宮・ご祭神】
月夜見尊(ツキヨミノミコト)
月夜見尊荒御魂(ツキヨミノミコト アラミタマ)
天照大神の弟神で夜之食国(よるのおすくに)を治めています。荒御魂(あらみたま)とは、神の荒々しい側面。勇猛果断であったり、反対に災いを引き起こすこともあります。反対の穏やか側面を、和御魂(にぎみたま)といいます。

ご神木の大楠木

境内の左奥にあったお犬様(?)が守るご神木

調べてみましたが、わかりませんでした。神職さんに聞けばよかったのですが、誰か教えていただければ幸いです。
ちょっと不思議な現象がおこりました。ご神木の右後ろにある小さな木のたった1枚の葉だけが、上下に早く振動したのです。鳥かと思ったのですが、鳥はいませんでした?

月夜見宮・宿衛屋(社務所)前。【伊勢神宮】御朱印めぐりバスツアーですので、みなさん御朱印を求め並びます。

月夜見宮のご朱印

月夜見宮のご朱印

伊勢神宮[外宮]豊受大神宮

北神門口の火除橋

月夜見宮から外宮へは、北御門口の火除橋、北御門鳥居から入ります。

九丈殿と五丈殿
(写真では、右の小道を向こうから歩いてきます)建物の前の木は四至神(みやのめぐりのかみ)。四方の境界を守る神様です。四至神の前の路を左の方に行くと、古殿地(写真・下)と外宮の正宮になります。

古殿地
20年ごとに建て替えられる前の正宮の跡地。伊勢神宮の建物は、すべて20年ごとに建て替えられます。その都度、場所も変わります。この行事を式年遷宮(しきねんせんぐう)といいます。一説には、いつまでも若々しく輝くようにという「常若(とこわか)」の思想から建て替えられます。

古殿地の壁の向こうに見える外宮の正宮

伊勢神宮[外宮]豊受大神宮の正宮
参拝で注意したいのが、正宮では個人の願いはしないということ。個人の祈願は、多賀宮でしましょう。多賀宮へは、古殿地へ戻り、右に曲がり亀石を渡っていきます。
まず、風宮があります。下の写真では、向こうにいる人々のちょっと手前、左の石垣の上にあります。

亀石

風宮(かぜのみや)
風の神をお祭りする別宮。鎌倉時代の元寇の時、神風を吹かせて日本をお守りしてくれた神様と言われます。

多賀宮(たがのみや)
風宮の先、左の階段を上っていくと、多賀宮に出ます。豊受大御神(トヨウケオオミカミ)の荒御魂が祀られています。個人の祈願はここでしましょう。

【ご祭神とご神徳】
豊受大御神(トヨウケオオミカミ)
天照大神のお食事番の神様の荒御魂を祀っています。衣食住を司る産業発展の神様です。

神楽殿
多賀宮を参拝した後、亀石に戻り、右に曲がります。すぐ授与所と神楽殿があります。授与所で、御朱印をいだだきます。そのまま、まっすぐ行き、二つの鳥居をくぐると右手に勾玉池(まがたまいけ)とせんぐう館があります。

勾玉池(まがたまいけ)
平成29年(2017年)秋の台風のため、2018年12月に来た時には勾玉池のほとりに入れませんでした。今回2019年8月24日は入れて、このような池の全貌を撮影することができ、嬉しく思います。

せんぐう館
平成29年(2017年)秋の台風による被害のため休館していましたが、2019年(令和元年)11月7日にリニューアル開館される予定です。入館してみたかったのですが、3度目もダメでした。

そして、表参道の火除橋から外宮を後にしました。

伊勢神宮[外宮]豊受大神宮の御朱印

伊勢神宮・外宮(豊受大神宮)の御朱印

次は、いよいよアマテラスをお祭りしている伊勢神宮・内宮(皇大神宮)です。バスで、10分ほどです。

伊勢神宮[内宮]皇大神宮

鳥居と宇治橋
宇治橋は全長101.8m。[内宮]は右側通行になります([外宮]は左側通行)。

五十鈴川・御手洗場(いすずがわ・みたらし)
宇治橋を渡り右に曲がり、5分ほど行くと鳥居と右手に手水舎があります。手水舎で禊(みそぎ)をしないで、その少し先を右に下りていくと五十鈴川に出られ、川の水で手を清めることもできます。

五十鈴川から戻り、次の鳥居をくぐると左に授与所神楽殿があります。授与所で、御朱印をいただきます。

神楽殿

正宮
神楽殿のさらに先を歩いていくと、左手に伊勢神宮[内宮]皇大神宮の正宮が現れます。ここでは、[外宮]の正宮と同じく個人の願いをしません。次の荒祭宮でします。

内宮・御稲御倉

[正宮]の左手から降り、案内通りに進むと、御稲御倉(みしねのみくら)、忌火屋殿(いみびやでん)、外幣殿(げへいでん)と続き、少し離れて荒祭宮があります。

内宮・外幣殿

荒祭宮(あらまつりのみや)
【ご祭神】
天照大神の荒御魂を祀っています。

宇治橋の入り口の鳥居の反対側にある鳥居

2番目の擬宝珠(きぼし)に触る

宇治橋の最初の鳥居から入って、左から2番目の擬宝珠(ぎぼし)に触っている人を多く見かけます。

なぜ、この2番目の擬宝珠だけに触っているのでしょうか?

なんと、この2番目の擬宝珠の中だけに神札が入っているからです。触ることによって、ご利益を得られます。できれば、入る時に触るといいそうです。

しかし、内宮は右側通行ですので、この擬宝珠がある方は反対側で、参拝を終えて帰ってくる人々が通る側になります。なかなか、帰ってくる人々を押し分けて触ることは、できませんよね。

伊勢神宮[内宮]皇大神宮のご朱印

伊勢神宮・内宮(皇大神宮)のご朱印

月讀宮(つきよみのみや)

伊勢神宮[内宮]の別宮になります。[内宮]からはバスで7分ほど。


月讀宮
月讀宮には、4社が並んでいます。
右から順に、②月讀宮荒御魂宮、①月讀宮、③伊佐奈岐宮(イザナギ)、④伊佐奈弥宮(イザナミ)になります。数字の順に参拝します。

【月讀宮・ご祭神】
月讀尊(ツキヨミノミコト)
天照大神の弟神で夜之食国(よるのおすくに)を治めています。天照大神の太陽につぐ月になぞらえています。

月讀宮荒御魂宮

手前が伊佐奈岐宮、奥が伊佐奈弥

【伊勢神宮】御朱印めぐりです。並んでも御朱印をいただきます。その時間はかかっても、しっかりとってくれます。

月讀宮の朱印

月讀宮の朱印

倭姫宮(やまとひめのみや)

月讀宮から、バスで約10分で倭姫宮です。伊勢神宮[内宮]の別宮。

【倭姫宮・ご祭神】
倭姫命(ヤマトヒメノミコト)。
第11代垂仁天皇の皇女。天照大神は皇居でお祀りされていましたが、第10代崇神天皇の時から、皇居の外でお祀りされるようになりました。

この神風の伊勢の国は常世の浪の重浪(しきなみ)帰(よ)する国なり。傍国(かたくに)の可怜(うまし)国なり。この国に居(を)らむと欲(おも)ふ

倭姫命は、天照大神の教えにより、大和、伊賀、近江、美濃をめぐり、今の五十鈴川のほとりに伊勢神宮を創建しました。倭姫宮は[内宮]の別宮としては新しく、大正12年(1923年)に創建されることになりました。





【伊勢神宮】御朱印めぐりです。みなさん、御朱印を集めています。

神宮徴古館
倭姫宮近くにあり、神宮の由緒と歴史と文化の総合博物館です。時間がないので、入れません。

倭姫宮の御朱印

倭姫宮の御朱印

伊雑宮(いざわのみや)

倭姫宮から、バスで約35分で伊雑宮です。

伊勢国外の[内宮]の別宮。志摩国の一宮です。[内宮]からは遠くに祀られているため、遥宮(とおのみや)と呼ばれています。

倭姫命が天照大神の神饌(神に供える酒食)を探している時、志摩国で伊佐波登美命(いざわとみのみこと)が出むかえ、この地を選定して伊雑宮を建立したとされています。

昔から、志摩の国は海の幸が豊富で、神宮や朝廷に海産物を奉納してきました。今でも、アワビや伊勢エビを奉納しているそうです。

そんな志摩では、「いぞうぐう」「いそべさん」と呼ばれ、人々に親しまれている伊雑宮は漁師や海女の信仰も深く、海に入る時に伊雑宮のお守りを身につけるそうです。

【伊雑宮・ご祭神】
天照大神の別名、天照坐皇大御神御魂 (アマテラシマススメ オオミカミノミタマ)



なにやら、すごいご神木。どうしたら、このようになるのでしょうか?


伊雑宮の鳥居を出た近くに、磯部の御神田(おみた)があります。毎年6月24日に行われる伊雑宮御田植祭があり、祭りそのものも御神田と呼ばれるそうです。(ウィキペディアより)

伊雑宮の御朱印

伊雑宮の御朱印

瀧原宮(たきはらのみや)

伊雑宮から、バスで約60分で瀧原宮です。
時刻は17時5分ですが、瀧原宮の約600メートルの参道に入ると、樹齢数百年の杉で薄暗さが増して神聖な場所に来た感じがしてきます。写真は明るくしていますが、実際はもっとずっと暗かったです。


鬱蒼(うっそう)とした杉並木の参道。右の杉の木に、なにやら得体の知れない魔物が張り付いているように見えませんか?

頓登川(とんどがわ)と幸せのハート
この橋の手前で、頓登川に降りられます。幸せのハートが2つあるそうですが、どれがそうなのか、よくわかりません。ツアー参加のみなさん探していましたが、「これだ!」といえるハートはよくわかりませんでした。


川の中の大きな石も、上から見るとハートだという人もいましたが……

異常にねじれた杉
瀧原宮でよく言われる「ゼロ磁場」の影響でしょうか?
ちょっと残念な結果を書いておきますが、スマホのアプリの磁石を起動しましたが、「ゼロ磁場」での不具合は起きませんでした。

神の手
神の手ですから、もっと大きいのかと思いましたが、ちっちゃい! これなら、神の〇〇〇かな……冗談ですよ、バチが当たるかな!

瀧原宮は、②瀧原竝宮(ならびのみや)、①瀧原宮、④長田介神社、長田介神社の左上に③若宮神社と並んでいます。番号順に参拝してください。



瀧原宮の御朱印

瀧原宮の御朱印

これで、伊勢神宮125社の中でいただける御朱印7体コンプリートです。

猿田彦神社と佐瑠女(さるめ)神社

伊勢神宮[内宮]の自由時間に参拝してきました。

猿田彦神社のご由緒
天孫降臨を啓行(みちひらき)された猿田彦大神は、高千穂に瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)を御案内した後、天宇受賣命(アメノウズメノミコト)と御一緒に本拠地である「伊勢の狭長田(さながた)五十鈴の川上」の地に戻り、この地をはじめ全国の開拓にあたられました。
(ご由緒より:https://www.sarutahikojinja.or.jp)


【ご祭神】
猿田彦大神(サルタヒコノオオカミ)
【ご神徳】
天孫降臨のニニギノミコトがこの地上の国に来られた時、案内したのがこの猿田彦大神。そのことから、「みちひらき」の神で、案内する神、先導する神など物事を始めるに際して、参拝したい神さまです。

古殿地(こでんち)
拝殿の真正面にあります。皆さん、小銭を置いて触っていきます。
昭和41年(1966年)まで御本殿があった跡地にあったといいます。刻まれている方位は「十干十二支」。触り方は、「ご自身の干支や今年の干支、住まいの方角や目指す方角など自由におさわりください」と説明されていました。

御神田(おみた)
猿田彦神社の裏手に広がっています。毎年5月5日に豊作を祈って、早苗を植えるお祭り「御田祭」が行われます。

佐瑠女神社(さるめじんじゃ)
境内に入って右にあります。天宇受賣命(アメノウズメノミコト)を祀っています。天孫降臨の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の一行の中にいた女神で、道案内を申し出た猿田彦大神が最初に対面したことから、奥さんになりました。

猿田彦神社と佐瑠女神社の御朱印

猿田彦神社と佐瑠女神社の御朱印

伊勢神宮の「鬼門」を守るお寺とは?

2019年8月7日に放送された「林修のニッポンドリル」【伊勢神宮・出雲大社!2大ご利益神社SP】で、金剛證寺というお寺を初めて知りました。
また、添乗員さんからも、「ぜひ、行ってみてください」と勧められました。

伊勢神宮の詳細は、本やサイトでたくさんあります。そこで、あまり紹介されていない金剛證寺に行ってみようと思いました。

おはらい町を出たところ(伊勢神宮とは反対側)にあるバス停からバスに乗り、着いたバス停から坂道を約20分登ったところに金剛證寺はあります。

2時間に1本というバスの本数。伊勢神宮[内宮]の自由時間内で行ける時間は少なく、40分ほどの滞在でした。そのため、今回は金剛證寺の奥之院まではいけませんでした。

伊勢神宮の「鬼門」を守る、それが金剛證寺

ところで、鬼門って何?

①何をするにも避けなければならない、艮(うしとら=北東)の方角。
②その人にとって、どうにもうまくいかない場所・事柄・相手・にがて。

伊勢神宮の北東約8.5キロメートルに位置している金剛證寺は、伊勢神宮の「鬼門」を守るために建立されました。

お伊勢参らば朝熊をかけよ、朝熊かけねば片参り
伊勢音頭の一節(朝熊=朝熊岳で海抜555メートル)

金剛證寺を訪れなければ、伊勢参りは半分しか終わっていないという意味。また、個人的なお願いをするのであれば、伊勢神宮ではなく金剛證寺でするのがしきたりだとも言われています。それほど重要なお寺なのです。

金剛證寺のご案内

金剛證寺

バス停を降りると、右上の方に門があります。

仁王門
門を入り左に曲がり、少し歩いて右へ曲がると仁王門になります。

仁王門から入ると、右手に連間の池。スイレンが咲いていました。



欽明天皇の頃(6世紀半ば)暁台上人よって開かれ、平安時代に弘法大師・空海によって堂宇(殿堂などの建物)が建立され、密教修行の一大道場として隆盛を極めたといいます。


仏足石
天保4年(1833年)、日本最古の奈良の薬師寺の仏足石を模刻したものと説明されています。

金剛證寺の本堂

【御本尊】
福威智満虚空蔵大菩薩
(ふくいちまんこくうぞうだいぼさつ)
日本三大虚空蔵菩薩の第一位として一切の万物をはぐくむように福徳、威徳、智徳の三徳をそなえ、願い主の求めに応じて、お慈悲をもってご利益を与え満たしてくださる仏様です。

このご本尊の両脇には、明星天子と雨宝童子がお祀りされています。

明星天子
虚空蔵菩薩の化身であり、伊勢神宮の内院鬼門除けで、伊勢神宮鎮護のため、ご本尊をお助けしています。
雨宝童子
大日如来の化身にして、天照大神が日向国に現れた16歳のお影を、弘法大師が感得し彫られたと伝えられています。

本堂の前にある、狛犬ならぬ大黒様が乗っている牛と寅の像・智慧寅


明星堂
本殿の右の方にあります。伊勢神宮の鬼門除けのために明星天子を祀っています。明星は、日、月、星の3字よりなり、三光天子とも称され、国土安穏・智慧成就の仏神です。

奥之院への入り口
明星堂をさらに先へ行くと奥之院の入り口極楽門がそびえています。しかし、奥之院まではかなり時間がかかりそうです。残る時間はあと15分。もうバス停に戻らなければ、帰りの集合時間に間に合いません。今回は、泣く泣く諦めました。

奥の院の全景。右の丸内が極楽門です。いつか行きたいと、強く念じています。

金剛證寺の御朱印

金剛證寺の御朱印

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