2019年11月2日(土)、八咫烏(ヤタガラス)の熊野本宮大社と空海が開いた高野山の奥の院・壇上伽藍(だんじょうがらん)・金剛峯寺を参拝してきました。初めに熊野本宮大社を参拝し、その後高野山に向かいました。(株)四季の旅、利用。

新宿を1日(金)夜10.30分に出発し、熊野本宮大社に着いたのが2日(土)朝の朝7時40分でした。

熊野本宮大社・拝殿前の八咫烏

熊野と八咫烏(ヤタガラス)

神武天皇の東征の時、日本サッカーのシンボルともなっている三本足のカラス、八咫烏(ヤタガラス)が道案内しました。

ヤタガラスに導かれる神武天皇(安達吟光画)ヤタガラスに導かれる神武天皇(安達吟光画)

紀伊半島を南から攻略しているカムヤマトイワレビコ(後の神武天皇)に、高天原のタカミムスヒノカミが連絡してきました。

「天つ神御子よ、すぐに奥に攻め入ってはなりません。荒ぶる国つ神(豪族)が大勢います。そこで、ヤタガラスを遣わします。ヤタガラスが導きますので、その後を進みなさい」

カムヤマトイワレビコはヤタガラスの導きに従い、奥の地方を征服していきます。

熊野本宮大社のご由緒

「熊野本宮大社サイト」より
http://www.hongutaisha.jp/about/

アメノホアカリは、古代、熊野の地を治めた熊野国造家の祖神。息子であるタカクラジは神武東征に際し、熊野で初代神武天皇に天剣「布都御魂(ふつのみたま)」 を献じてお迎えしました。

第十代崇神天皇の御代(西暦624〜631年)、旧社地・大斎原(おおゆのはら)のイチイの巨木に、三体の月が降臨しました。

アメノホアカリの孫に当たるクマノノムラジは、これを不思議に思い「天高くにあるはずの月が、どうしてこのような低いところに降りてこられたのですか」と、尋ねました。

すると真ん中にある月が「我はケツミミコオオカミ(スサノヲ)であり、両側の月はムスビオオカミ(イザナミ)・ハヤタマノオオカミ(イザナギ)である。社殿を創って齋(いつ)き祀れ」と、お答えになりました。

この神勅により、熊野本宮大社が大斎原に創建されたと云われています。

熊野本宮大社・鳥居

鳥居から見える参道に多くの幟(のぼり)が立っています。

熊野本宮大社・参道参道奥から始まる185段の石段

熊野本宮大社・参道
熊野本宮大社・功霊社

功霊社
参道の左側にあり、大東亜戦争及び日露戦争における戦没者の霊を祀っています。

熊野本宮大社・祓戸大神

祓戸大神
功霊社と同じく参道の左側にあり、ここでお祈りして心身を清めます。

熊野本宮大社・手水舎手水舎

熊野本宮大社・宝物殿
熊野本宮大社・神門

手水舎、宝物殿と参道を歩いていくと、写真でよく見る大きな幕がかかった熊野本宮大社の神門が見えてきます。左隣りが拝殿(大禮殿)。熊野本宮大社では、神門の中に入って四社に参拝します。

熊野本宮大社の神門

熊野本宮大社・神門

神門の中は撮影禁止。
次の3枚の写真は、神門の手前から撮影したものです。左から③結宮・①本宮・②若宮と並んでいます。数字は参拝の順序。若宮の右隣りに小さな満山社があります。
※神門からは、満山社は若宮に隠れて撮影はできません。

熊野本宮大社の本宮ご祭神・家津美御子大神

熊野本宮大社・本宮

【本宮ご祭神】
家津美御子大神(ケツミミコオオカミ:スサノヲ)
※神仏習合では、阿弥陀如来です。

熊野本宮大社の結宮ご祭神・速玉大神と夫須美大神

熊野本宮大社・結宮

【結宮ご祭神】
(結宮・第二殿)速玉大神(ハヤタマノオオカミ:イザナギ)
※神仏習合では、薬師如来です。
(結宮・第一殿)夫須美大神(ムスビオオカミ:イザナミ)
※神仏習合では、千手観音です。

熊野本宮大社の若宮ご祭神・天照大神

熊野本宮大社・若宮

【若宮ご祭神】
天照大神(アマテラスオオミカミ)
※神仏習合では、十一面観音です。

熊野本宮大社の満山社

【満山社ご祭神】
八百萬の神(ヤオヨロズノカミ)

熊野本宮大社・神門の左隣りに拝殿(大禮殿)

熊野本宮大社・拝殿拝殿(大禮殿)

拝殿前の八咫烏

拝殿前の左右には、大きな八咫烏(ヤタガラス)が安置されています。もっと前方に、八咫烏ポストがあります(見逃しました)。

熊野本宮大社と世界遺産15周年記念の御朱印

熊野本宮大社と世界遺産15周年記念御朱印

大斎原(おおゆのはら)日本一の大鳥居

大斎原の大鳥居

大斎原へは熊野本宮大社の鳥居から歩いて5分ほど。田園の中に高さ34m・横42mの日本一の大鳥居がそびえています。

大斎原は、熊野本宮大社の旧社地

熊野川・音無川・岩田川の合流地点の中州にあります。1889年(明治22年)8月の大水害で、多くの社殿が流出しました。その時の水害を免れた四社(本宮・結宮・若宮・満山社)が、今の熊野本宮大社の場所に移されたのです。

大斎原の鳥居
大斎原の大鳥居

大きさが実感できますか。この鳥居から中に入ると、撮影は禁止。下の2枚は鳥居の下から撮ったものです。撮影禁止がわからない参拝者は、平気で写真を撮っています。しかし、神社は写真を撮ることはもともとタブーな神域にあります。失礼のないようにしましょう。

大斎原の手水舎
大斎原の参道

向こうに見える杉並木の参道は150mほどもあり、その向こうに広い旧社地が広がっています。旧社地には、流失した中四社・下四社を祀った石造の小祠が建てられています。

9時前の朝早くだからでしょうか?  大斎原(おおゆのはら)はとても清々しい空気に満ちていました。深呼吸すると、体の隅々まで浄化されたように感じました。

産田社

産田社

大斎原に行く途中にある、伊弉冉尊(イザナミノミコト)の荒御魂を祀った産田社(うぶたしゃ)。伊弉冉尊は八百万の神々をはじめ、すべてを生み出された産土(うぶすな)の神と仰がれています。社務所には、「産守り」も売られています。

産田社

バスは熊野本宮大社を9時に出発し、高野山を目指します。高野山までは、2時間30分ほどかかるそうです。途中、道の駅[龍神]で休憩を一度とります。

木族館? 道の駅[龍神]

木族館・道の駅 龍神
木族館・道の駅 龍神

木族館では、10時20分から35分まで休憩。
「木族館」という名は、どうも木工細工から来ているのではないかと思われます。通常の売店のスペースと区切られた一室に木工細工の部屋がありました。

木族館・道の駅 龍神

10時35分に道の駅[龍神]を出て、12時5分に高野山へ向かいます。

終わりに、熊野三社とは?

熊野三社とは、熊野本宮大社熊野速玉大社、そして熊野那智大社です。

熊野那智大社近くには、那智の大瀧(飛瀧神社)があります。私は死ぬまでに一度、この那智の大瀧を見たいと思っています。しかし、懇意にしてもらっている(株)四季の旅では、そのツアープランがありません。

那智の大瀧に行くには、他の旅行会社、それも1泊、2泊になり、飛行機も使うようです。かなりの出費になりますので、残念ながらなかなか行けそうもありません。

▶︎【高野山】奥の院と今も修行している弘法大師の御廟。奥之院の御朱印も

▶︎【高野山】大門から壇上伽藍・金剛峯寺へ。親子の悲しい物語[苅萱堂]

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