(2019年11月9日日帰りバスツアーの記事)

忍野八海はもとは「禊ぎ」の場

忍野八海には15時25分に到着。
30年ほど前にきた私の記憶では、沼の周りにはあまり土産物屋はなかったような……。湧水池があくまでメインで、周りは野原の印象がありました。

今は、なんだか、土産物屋が多くて、ちょっと寂しい思いがしました。

また、300円の有料区画もありました。入り口から覗いたら、同じような湧水池でしたので入るのはやめました。

忍野八海・湧池

天然記念物である「忍野八海」は、富士山の伏流水に水源を発する湧水池。世界遺産「富士山」の構成資産の一部として認定されています。富士信仰の古跡霊場や富士道者の「禊ぎ」の場でした。

忍野八海が点在する忍野村全体が、かつては宇津湖(うつこ)と呼ばれる巨大な湖。目の前には何度も噴火をくり返す富士山がありました。

延歴19年(西暦800年)における大噴火において、宇津湖は流れる溶岩によって2つに分断され、「忍野湖」と「山中湖」に。

やがて、忍野湖は富士山噴火活動期を経て、徐々に涸れてしまいました。しかし、富士山の伏流水に水源を発する湧水池がいくつか残りました。その代表的な湧水池が、この忍野八海です。

忍野八海

水草や魚が泳いでいると、水は綺麗な感じがします。そういえば、ここに来る前河口湖の「もみじ回廊」によったのですが、屋台の岩魚の塩焼きには、「忍野八海育ち」と表示されていました。

忍野八海・鏡池
忍野八海
忍野八海

知らなかった!忍野八海浅間神社

忍野八海の中心地からは5分ほど、一番北にある湧水池『菖蒲池』からは1分で、忍野八海浅間神社に行けます。

一般的には、忍野八海浅間神社(おしのはっかいせんげんじんじゃ)と呼称。地元では、忍野浅間神社(おしのせんげんじんじゃ)または忍草浅間神社(しぼくさせんげんじんじゃ)とも呼ばれています。

忍野八海 浅間神社
忍野八海 浅間神社忍野八海浅間神社の神門

忍野八海 浅間神社

神社の門はふつう随身門(または随神門)と呼ばれます。ここは神門ですが、「神仏習合」のなごりかもしれません。それで、仏閣と同じように金剛力士像(ふつうは仁王像)が安置されています。

四天王のうちの持国天【東方の守で青】と増長天【南方の守で赤】の二像で阿形と吽形。
※仁王像はふつう裸ですが、金剛力士像は鎧を着ています。

また、神社の随身門では、ふつう武士姿の櫛石窓神(クシイワマドノカミ)と豊石窓神(トヨイワマドノカミ)が門を守っています。

忍野八海 浅間神社忍野八海浅間神社の社殿

【ご祭神】
木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)
【相殿神】
天津日高日子番能邇邇藝尊(アマツヒコヒコホノニニギノミコト)別称:愛鷹大神(あしたかのおおかみ)
大山津見命(オオヤマツミノミコト)別称:足柄大神(あしがらののおおかみ)

本殿に祀られている木花咲耶姫命・鷹飼(たかがい)・犬飼(いぬかい)坐像の三神像は、1315年丹後国の仏師・石見坊諍観の作。神社の神様というより、尼さんや坊さんのようです。

木花咲耶姫命・鷹飼・犬飼坐像木花咲耶姫命・鷹飼・犬飼坐像出典

忍野八海 浅間神社
忍野八海 浅間神社

ご神木の大ケヤキ(村指定重要文化財)
樹高37m、根回り10m。この他に、鳥居や社殿の周りには、多くのイチイの木が植えられています。イチイの木は、富士山に自生しています。

昔、官位一位の高官の芴(しゃく:右手に持つ細長い板)がこの木からつくられたため、「イチイ」という名前がつけられたそうです。

忍野八海 浅間神社
忍野八海 浅間神社拝殿の右の方にある宝仏殿と神輿殿

忍野八海 浅間神社の御朱印3体

忍野八海 浅間神社の御朱印

私が御朱印帳を渡すと「御朱印は3体あります」とご住職?
家に帰りネットで調べたら、忍野八海浅間神社では10種類の御朱印がいただけると書いてあるブログがありました。御朱印はふつう、1体、2体……と「体」で数えます。

忍野八海 浅間神社の御朱印

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