ついに来た!高野山奥の院と弘法大師御廟。奥の院の御朱印も。

高野山の昼食は、レストラン楊柳のごまとろ丼

バスは熊野本宮大社を9時に出発し、高野山を目指します。高野山までは、2時間30分ほど。途中、道の駅「龍神」で休憩を一度とり、高野山に着いたのはちょうど12時でした。

まずは、高野山・奥の院の入り口から3分ほどのレストラン楊柳で昼食をとりました。昼食は、添乗員の松本さんがバス内で何度もお土産にすすめていた「ごま豆腐」を使った「ごまとろ丼」。他のメニューは、どこの食堂でも食べられるものばかりでした。

「ごまとろ丼」は、親子丼の鶏肉をごま豆腐に変えたものです。確かに、ごま豆腐はその食感が良かったです。ツルっとして柔らかいのですが、それなりのコシもありました。ふわふわの卵との相性もバッチリで、オススメです。

ごまとろ丼
レストラン楊柳

高野山・弘法大師御廟がある奥之院へ

高野山は、西の大門から東の奥之院まで道沿いに歩くと約4kmほどあります。
弘法大師御廟(ごびょうがある奥之院と後でご説明する壇上伽藍(だんじょうがらん)は高野山の二大聖地です。空海、高野山といえば有名な金剛峯寺は、壇上伽藍から歩いて1、2分です。

高野山・奥の院の入り口

昼食後12時45分からは、いよいよ高野山のガイド宮内さんのご案内で、90分間奥之院を参詣します。ちなみに、宮内さんのお話は、漫談のようにとても面白く、わかりやすかったです。

では、入り口から宮内さんに案内してもらいましょう。

参詣する時は、南無大師遍照金剛と唱えます。

奥の院入り口の左右の立柱には、こう書かれています。
虚空盡衆生盡涅槃盡我願盡
(虚空尽き 衆生尽き 涅槃尽きなば 我が願いも尽きなむ)
「宇宙が尽きるまで、悟りを求めるものが尽きるまで、生きとし生ける者が全て輪廻転生から解脱するまで、私の願いは尽きることが無い」という願いで、弘法大師の言葉としては有名で、一番好まれている言葉だそうです。
南無大師遍照金剛
(なむ だいし へんじょう こんごう)
「弘法大師に帰依する」という意味で、参詣する時にまずはじめに念じる言葉です。


ここには、いろいろな会社の供養地があります。元来は墓地なのだと思いますが、会社のシンボルとして高野山に祀っているようです。だから、ご覧のように墓石や供養塔ではなくいろいろな形(オブジェ)があります。

奥の院・福助供養地

福助株式会社(上)と株式会社アデランス(下)です。


UCC上島珈琲株式会社。左上のカップには、茶色のものが入っているそうです。
下は、シャープ株式会社。真ん中の黒い石はTV画面を表し、見る人の姿が写るようになっています。

奥の院・シャープ

真ん中に、花菱アチャコ句碑とあります。

ところで、供養地はどのくらいの値段がするのでしょうか。値段によっては、あなたも高野山の奥の院に区画が買えるかもしれませんよ。

60cm×60cmの座布団の広さで、いくらかすると思いますか?

 

…………考え中………考え中………

 

なんと、100万円。ですから、億単位の広さはざらにありそうです。とても、普通の人が買える供養地ではなさそうです。

奥之院・弘法大師御廟(ごびょうに至る参道両サイドには、名だたる戦国武家の供養塔が多くあります。後に出てきますが、織田信長の供養塔もここに見つかったそうです。真偽は確定していませんが、証拠となる物も出てきたといいます。

加賀前田家の供養塔。

化粧地蔵
いろいろな人々がお化粧を施したり、このように帽子もかぶせたりするそうです。私には、なんかなよっと見えて、ホモみたいな色気を感じました(謝)。

法然上人供養塔

法然上人供養塔

徳川家康の次男・結城秀康(ゆうきひでやす)越前松平家石廟

これが織田信長の供養塔
少し高台にあり、先へ急ぎますので、帰りの道から望遠で撮影しました。このおじさん、なかなか動いてくれません。

御廟橋(ごびょうばし。石の板は26枚あります。これより先は撮影禁止です。

御廟橋の向こうに見えるのが奥之院の燈籠堂。

参詣の前に塗香(ずこう)でお清め

参詣の前に備えられている塗香(ずこう)を手のひらにとり、手のひらを合わせこすります。その後、燈籠堂の中に入ると、お守りなども買えます。
順路に沿って、左回りに燈籠堂の裏に回ると、今でも弘法大師が生きて修行されているといわれる御廟があります。
ここで、南無大師遍照金剛(なむ だいし へんじょう こんごう)と念じ、願い事をします。いくつでもお願い事をしていいそうです。

【塗香】仏像や修行者の身体に香を塗って、けがれを除くこと。また、その香。数種の香木を混ぜて粉末にし、粉末のまま乾燥したものと、浄水と混ぜ練香としたものがあります。

その後、燈籠堂(とうろうどう)の地下に入り、ここでもお願いできます。
また、ここには高さ10cmほどの仏さまの銅像(個人名付)が5,000体ほど並んでいました。なぜ5,000体とわかったかいうと、案内図に1000ごとの番号がふってあったからです。ちなみに、設置料は1体1万円だそうです。いつも募集しているわけではなく、なんらかの記念に募集するそうです。

燈籠堂の地下から出て、御廟橋を渡り、奥の院入り口へ戻ります。以下は、来た道と違う帰り道での案内です。

水向地蔵
御廟橋のすぐ近くにあります。説明には、こう書かれています。
『玉川の清流を背にして、地蔵菩薩や不動明王、観音菩薩などが安置されており、これらを総称して水向地蔵と呼びます。参詣客は御供所(ごくしょ)にて、経木(水卒塔婆-みずとば)を求め、水向地蔵に手向(たむ)け水をそそぎ、亡き人々の冥福を祈ります。』

護摩堂と御供所(右奥)
弘法大師は今も即身成仏して修行していると言われ、毎日御供所にて2回食事が作られ、御廟に運ばれます。「生身供(しょうじんぐ)」と言われる儀式で、入定後から現在まで1200年もの間、続けられている儀式のひとつだそうです。なんだか、伊勢神宮のアマテラス様へのお食事を思い出しました。

【入定】真言密教の究極的な修行のひとつ。永遠の瞑想に入ることをいいます。

この御供所で、奥之院の御朱印をいただけます。奥之院は混むので、今回は参詣している間に添乗員さんがまとめていただいてくれました(感謝)。
(この辺から、織田信長の供養塔を撮影しました)

無縁塚
数が多く、なんだか願いや怨念が満ちていそうです。心の中で「成仏してください」と唱え、早足で通り過ぎました。こういう場所では、「かわいそう」「こんなところに葬られて」とか同情や憐みを持ってはいけません。関心を持つと、取り憑かれる恐れがあるからです。

紅葉の中にある英霊殿


最後に、大人気の弘法大師の金ぴかのお守り(3,000円)が買える御札守授興所。このお守りを買うだけのツアーもあるそうですから、かなりのご利益が期待できます。
ちなみに、今回ご一緒したツアー客のうち、案内人の宮内さんの勧めもあり、右の弘法大師のお守りを10人ほど買っていました。みなさん、けっこうお守りやお札など買って帰られます。

高野山・奥の院の御朱印

高野山・奥の院の御朱印

高野山・奥之院入り口に帰ってくると、ラッキーにも大門行のバスがきました。はじめは大門まで行くのは諦めていたのですが、行くことにしました。
もう一つのバスの経路高野山駅行は多く、金剛峯寺の前の停留所(天寿院橋-東)で右に曲がってしまい大門までは行きません。ご注意ください。

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