【東国三社】息栖神社とご祭神クナドの神・御朱印。忍潮井が幸運を呼ぶ!

息栖神社・忍潮井 神社とご祭神

2018年12月24日、東国三社巡りの日帰りバスツアーで参拝しました。日程は鹿島神宮からこの息栖神社、最後に香取神宮の順番でした。

アメノトリフネとクナドの神

出雲の国譲り

「葦原中国は、わが子アメノオシホミミノミコトが治めるべきである」

アマテラスは、葦原中国(あしはらなかつくに・地上の世界)の統治者であるオオクニヌシの元へ遣いを送りました。しかし、1度目は3年、2度目は8年経っても、何の進捗もなかったのです。

そして、3度目に送ったのがタケミカヅチです。
タケミカヅチはアメノトリフネを伴い、出雲の稲佐の浜に降り立ちました。そして、オオクニヌシと対峙したのです。
(日本書紀では、二柱の武神タケミカヅチとフツヌシを送ったとあります)

別説では、出雲の国へ【鹿島神】タケミカヅチと【香取神】フツヌシを案内したのがアメノトリフネクナドの神と言われています。

クナドの神とは?

岐の神久那土神などと表記されます。
「くなど」は「来な処」すなわち「きてはならない所」の意味。もとは、道の分岐点、峠、あるいは村境などで、外からの外敵や悪霊の侵入をふせぐ神です。
また、禊(みそぎ)、魔除け、厄除け、道中安全の神として信仰されています。 久那土はくなぐ、即ち交合・婚姻を意味するものという説もあります。
(ウィキペディアより)

日本三霊泉の一つ、息栖神社の忍潮井

日本三霊泉は、伊勢の明星井(あけほののい)、伏見の直井(なおい)、息栖神社の忍潮井(おしおい)です。鳥居の左右に小さな鳥居があります。その小さな鳥居の下に、右側に男瓶(銚子の形・径2m弱)が据えられ、左側に女瓶(男瓶より小ぶりの土器の形)が据えられています。
この二つの井戸が忍潮井です。

神功皇后の3年(194)に作られたと言われます。あたり一面海水に覆われていた頃、真水の水脈が発見されました。海水を押しのけて真水が湧き出ているところから、「忍潮井」と名付けられました。

女瓶の水を男性が、男瓶の水を女性が飲むと縁結びのご利益があるとも伝えられています。しかし、現在は直接飲むことはできません。

息栖神社、忍潮井の男瓶・女瓶の伝説

809年4月、数キロ下流の日川地区より息栖神社がこの地に移された際、取り残された男女二つの瓶が神を慕って3日3晩泣き続けました。とうとう、二つの瓶は自力で川を遡って、この鳥居の下に住みついたのです。

しかし、ときどき日川を恋しがり、二つの瓶は泣いたと言われています。日川地区には瓶の鳴き声をそのまま「ボウボウ川」と瓶との別れを惜しんで名付けられた「瓶立ち川」の地名が今も残されているそうです。

息栖神社・第一の鳥居(忍潮井)

これが、一の鳥居になります。
なお、息栖神社のいわゆる境内の二の鳥居(下参照)は、ここから200mほどのところにあります。
(写真・下)神栖市歴史民俗資料館のジオラマでわかるように、一の鳥居、二の鳥居、社殿は一直線上にあります。

息栖神社江戸時代のジオラマ当時の息栖神社と息栖河岸を表現したジオラマ

「江戸をはじめ各地からの旅行者を運んだのが、木下河岸から出る、「木下茶船(きおろしちゃぶね)」と呼ばれる乗合船でした。
安永7年(1778)から天明9年(1789)の12年間にわたって、1日平均12艘も運行され、年間約17,000人が利用したといわれています。
昔は利根川の水深が今より大分浅く、一の鳥居とその両脇の忍潮井の鳥居は川の中に立っています。ずっと後の昭和48年に河川改修をした際、船溜まりのほとりの現在地に移されました」
神栖市歴史民俗資料館・保立純子館長
広報「かみす」296号(2019.01.15)より転載。上のジオラマ写真も含む。

息栖神社・忍潮井

(写真・上下は女瓶)魚が泳いでいるのがわかるでしょうか。
女瓶・男瓶が見えると幸運を呼ぶと言います。よく見えますね。今日は12月24日、掃除した直後かもしれません。井戸の掃除は、3・6・9・12 月に行われるそうですから。

息栖神社・忍潮井

息栖神社、二の鳥居から拝殿・本殿へ

息栖神社・二の鳥居

二の鳥居をくぐっだら、後ろを振り返ってみましょう。一の鳥居が向こうに見えます。距離は、約200mです。

息栖神社・二の鳥居から一の鳥居を望む
息栖神社・参道

この参道には見るべきものが多くありますが、まずは御朱印をいただき、社殿を参拝しましょう。時間が残っていたら、見てみましょう。
参道の向こうに、神門が見えてきました。江戸時代の弘化4年(1847)に建てられたものです。

息栖神社・神門

神門をくぐると、左に社務所があります。御朱印帳を預けられる神社は、預けてから参拝や観光をした方が効率的です。日替わりバスツアーでは、滞在・自由時間が決まっています。だから、まずは重要な参拝を済ませ、御朱印をもらっておきます。

息栖神社・社務所

社務所の前に、みや桜があります。昭和5年7月、昭和天皇の弟・三笠宮崇仁親王殿下が参拝時に植樹されました。春には、さぞ美しい花を咲かせることでしょう。

社務所の右わきに夫婦杉のご神木がそびえています。樹齢約1000 年。横から見上げると、2つの幹に分かれています。下の写真では、ちょっとわかりづらいですね?

息栖神社・ご神木

息栖神社の社殿(拝殿と本殿)

息栖神社・社殿(拝殿)
息栖神社・社殿(本殿)

息栖神社のご祭神とご神徳

クナドの神、アメノトリフネ、住吉三神。
クナドの神は、路の神で厄除け招福の神です。アメノトリフネは交通の守護神、住吉三神は海上守護のご利益があります。

息栖ゆかりの歌碑

息栖ゆかりの歌碑(写真・上下)
鹿島潟 沖洲の森のほととぎす 船をとめてぞ 初音ききつる(藤原時朝)
など、文人墨客の歌が刻まれています。

息栖ゆかりの歌碑

礎石
息栖神社は、806年、876年、1704年、1723年、1848年と、数回建て替えがありました。この5個の石は、そのいずれの時かに礎石として使用されました。5個目は影に入って見えませんね。

社殿周りを見ましたら、参道脇の見るべきものを見ていきましょう。

松尾芭蕉の句碑、力石、稲荷神社

息栖神社・松尾芭蕉の句碑

松尾芭蕉の句碑
この里は 気吹戸主(きぶきとぬし)の 風寒し
息栖神社は、江戸時代には気吹戸主神を主神とした説もあるそうです。
気吹戸主神=強い風を起こして、罪穢れを祓い清める役割の神様

力石

力石
祭礼に集まった若者たちが力くらべをした石。高々と持ち上げた者が、栄誉を受けます。
力石の前に、何やら正体のわからぬ動物の像が……狛犬?

力石のそばの謎の動物像

二の鳥居を入ってすぐ左に、稲荷神社があります。赤い布でほおかむりした狐がずらりと並んでいます。

息栖神社・稲荷神社

息栖神社の御朱印

息栖神社・御朱印

社殿左側の社務所でいただきます。三笠宮崇仁親王殿下から下賜された印も押されます。

終わりに。東北三社の位置は直角二等辺三角形

東北三社巡り、日帰りバスツアーを紹介してきました。

この東国三社(鹿島神宮・香取神宮・息栖神社)を地図上で結ぶと、ほぼ直角二等辺三角形になることや、香取神宮の真東に息栖神社が位置していることなど、その神秘的な配置も話題となっています。

東北三社の位置は直角二等辺三角形広報「かみす」296号(2019.01.15)より転載。

このような地図上の神秘的な位置関係を、レイラインと呼びます。


コメント

タイトルとURLをコピーしました