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袁祁命と志毘臣との遺恨を残す歌合戦

意祁命(おけのみこと)と袁祁命(おけのみこと)が宮に迎えられ、袁祁命がまだ天下をお治め第23代顕宗天皇になる前の事、

平群臣(へぐりのおみ)の祖である志毘臣(しびのおみ)が歌垣(うたがき)の場に立ち、その袁祁命が求婚しようとしていた娘子(おとめ)の手を取りました。その娘子は菟田首(うだのおびと)らの娘で、名は大魚(おうお)といいます。

すると、袁祁命も歌垣の場に立ちました。そこで、志毘臣が歌を詠みました。

大宮の 彼(をと)つ端手(はなで) 隅傾(すみかたふ)けり
御殿の、あちら方の片方の隅が傾いているのではないか

このように歌い、その歌の下の句を求めた時、袁祁命が下の句を詠みました。

大匠(おおたくみ) 拙劣(をじな)みこそ 隅傾(すみかたぶ)けり
大工の親方の腕が悪いから隅が傾いているのだ

そこで、志毘臣がまた歌を詠みました。

王(おおきみ)の 心を緩(ゆら)み 臣の子の 八重の柴垣 入り立たずあり
王の心が緩んでいるから、臣下の幾重にも張り巡らした柴垣に入って来られないのだ

また、袁祁命が歌を詠みました。

潮瀬(しほせ)の 波折(なを)りを見れば 遊び来る 鮪(しび)が端手(はたで)に 妻立てり見ゆ
浅瀬の波が崩れるのを見れば、遊びにきた鮪(しび:マグロ)のひれに、妻が立っているのが見える
つまり、鮪(しび=志毘臣)の横にいるのは、私の「妻」である。

それに怒った志毘臣が、また歌を詠みました。

大君の 王子(みこ)の柴垣 八節結(やふじま)り 結(しま)り廻(もとほ)し 切れむ柴垣 焼けむ柴垣
大君の御子の柴垣は、たくさんの結び目になっているが、そんなのはすぐ切れる柴垣、焼けてしまう柴垣だ

そこでまた、袁祁命が歌を詠みました。

大魚(おうお)よし 鮪(しび)突く海人(あま)よ 其(し)が離(あ)れば 心恋(うらごほ)しけむ 鮪突く志毘(しび)
鮪突く海人よ、乙女が離れていったら心悲しいだろう。鮪を突く志毘臣よ

このように歌を詠み合い夜を明かして帰りました。

意祁命と袁祁命の志毘臣殺し

翌朝になり、意祁命と袁祁命に二人は相談して、
「だいたい、朝廷の人達は、朝は朝廷に参り、昼は志毘の家に集まっている。今は、まだ志毘は寝ているだろう。また志毘の門には誰もいない。だから、今攻めなければ後からでは難しくなる」
と話し合い、軍を起こして、志毘臣の家を取り囲み、殺してしまいました。
その後、二人の王子たちは、互いに天下を譲り合いました。

兄の意祁命、天下を弟の袁祁命に譲る

意祁命は、その弟の袁祁命に譲って、
「針間の志自牟(しじむ)の家に住んでいた時、あなたが名を明かさなかったら、こうして天下を治める君主にはなれなかった。
これはあなたの功績。だから、私は兄であるけど、あなたが先に天下を治めなさい」
と言いました。

そのため、袁祁王は辞退することができず、先に天下をお治めることになりました。