千引の石を間にイザナギとイザナミ(出典)
イザナギ、黄泉の国へ
日本の国生みと神生みをなしたイザナギとイザナミの二柱の神。
ところが、イザナミは火の神カグツチを生んだ時、深刻な火傷を負って死んでしまい、黄泉の国へ。怒ったイザナギは、わが子カグツチを十拳剣(とつかのつるぎ)で斬り殺してしまいます。しかし、悲しみが晴れたというわけではありません。
とうとう、イザナギはイザナミを連れ戻しに黄泉の国へ降りて行き、御殿でイザナミと会うことができました。
しかし、
「もう少し早く迎えに来てくだされば良かったのに…。私はすでに黄泉の国の食べ物を食べてしまったので、この世界の住人になってしまいました。もう、戻ることはできません。
しかし、黄泉の国の神々と相談してまいりますので、その間決して戸を開けないでください」
と、御殿の戸を閉めました。しかし、いくら待っても、イザナミは戻ってきません。
今のイザナミの恐ろしい姿
イザナギはしびれを切らして、御殿の戸を開けて真っ暗な室内に入りました。
そこで、イザナギは左右に束ねていた髪の左側にさしてあった神聖な湯津津間櫛(ゆつつまぐし)の男柱(おばしら - 櫛の両端の太い歯)を一本折り、火を灯しました。
明るくなって、見えた光景は……
腐敗してウジがわいた恐ろしいイザナミの姿でした。また、体には、様々な恐ろしい八種の雷神(イカヅチノカミ)が、頭、胸、腹、陰部、左手、右手、左足、右足から成り出ていました。
イザナギの逃走
驚いたイザナギは、怖くなって逃げ出しました。
「私に恥をかかせたな!」
怒ったイザナミは、黄泉の国の恐ろしい予母都志売(よもつしこめ)という醜女にイザナギを追わせました。イザナギは必死で逃げます。追う醜女はすばやく、もうすぐそばまで来ています。
そこで、イザナギは髪に巻いていた黒御縵(くろみかずら)という蔓草を投げました。蔓草は勢いよく大きくなり、ブドウの実をつけました。醜女はブドウの実にかぶりつきます。その間に、イザナギは逃げます。
しかし、また醜女に追いつかれそうになると、今度は髪の右側にさしてあった湯津津間櫛(ゆつつまぐし)を投げました。すると、タケノコが生えてきました。醜女はタケノコを抜くと、次々に食べてしまいます。その間に、イザナギは逃げます。
さらに、八種の雷神と黄泉の国の1500もの軍勢が追いかけてきます。イザナギは十拳剣を後ろ手に持って振り払いながら逃げます。(後ろ手で何かをすることは、相手を呪う行為です)
黄泉比良坂の千引の石
ついに、黄泉の国と現世(うつしよ)の境、黄泉比良坂(よもつひらさか)に差し掛かり、一本の桃の木が生えているのをイザナギは目にします。その桃の実を3個とると追っ手に投げつけます。すると、どうしたことでしょうか? 黄泉の国の追っ手は帰っていきました。
「私を助けてくれたように、葦原中つ国(あしはらのなかつくに - 地上の世界)にすむ青人草(あおひとくさ)が苦しむ時、同じように助けない」
と言い、この桃の木を音富加牟豆美命(おおかむずみのみこと)と名をつけました。
死者1000人と生者1500人
ホッとしたのもつかの間、今度は腐ってウジがわいた体のイザナミが追ってきたのです。
イザナギは、千引の石(ちびきのいわ)という大きな岩で、黄泉比良坂(よもつひらさか)をふさぎました。イザナギが岩の向こうのイザナミに別れの事戸(ことど - 呪文)を述べると、イザナミは恐ろしい呪いの言葉をあげました。
「愛しい夫がそうするのなら、私は1日に1000人絞め殺しましょう」
「愛しい妻がそうするのなら、私は1日に1500の産屋を建てましょう」
こうして、二人は永遠の別れをし、イザナギは現世の大神として、イザナミは黄泉の国の大神として別々の道を歩むことになったのです。
黄泉比良坂
島根県東出雲町の伊賦夜坂(いふやざか)
(ウィキメディアより)
イザナミが黄泉の国の食物を食べて現世に戻れなくなったことは、ギリシャ神話でも同じような話があります。
冥府の王ハーデースはペルセポネーを誘拐し妻にします。母デーメーテールが娘ペルセポネーの発見したときには、娘はすでに冥府のザクロの実を食べた後でした。
そのため、ペルセポネーは地上に戻れなくなり、ゼウスの仲介で1年の1/2(1/3など諸説あり)を冥府で住むことになりました。
デーメーテールは豊穣の女神、娘が戻ってきたときは喜びで暖かく、いないときは悲しみで寒くなり、春や冬の季節ができたということです。